福田首相辞任は無責任か

辞任を無責任と非難する意見が多いようであるが、無責任といえるほど首相を評価してきた人がいるのだろうか。
20%台の支持率しか与えないと言う事は、はやく辞めて欲しいと言っているようなものではなかったのか。
成熟した民主主義国家であるはずのこの国の大勢の意識は、未だ無いものねだり、パフォーマンス好みの域に留まっている。100点満点で無いと評価されづらい。
なんでも反対の小沢意地悪民主党を相手に政策を遂行する事は不可能に近い。
六カ国をも手玉に取る北朝鮮を相手に拉致問題を解決することも困難。
それでもどうにかしたいと言う姿勢は評価せず、無から有を出してみろ。出さなければ支持しないという国民に対し、総理が辞任の通を選んだ。見限られたのは国民のほうである。
官房長官のときもさばさばと辞任したこの人は、権力に執着するのではなく、力尽くしてダメだとなれば結論は早いのだろう。
自分の事はさておき、他者の瑕疵をあげつらうのが好きなマスコミと国民。非難する事好きだが客観的に物事を評価し、大きな目で外の世界に目を開くことが難しいのだろう。
安部内閣には押されっぱなしだった公明党は、話し合いを選択する福田首相にかえって自己主張ばかりするようになった。家庭内暴力のようなものである。そのうち行き場がなくなってしまうだろう。
これから麻生悪太郎と意地悪小沢の突っ張りあいになるのだろうが、無駄な時間がたつばかりで政策の止揚はおこらないだろう。

周辺諸国との融和、そういうことには一顧だにする神経を持ち合わせていない中川昭一あたりに、つまらない批判をして欲しくは無かった。井の中で強硬論を吐いていれば国家が進歩するわけではない。
政権交代は必要であるが、良い二つからの選択が好ましく、ダメなものからひとつを選んでも展望は開けないであろう。
首相に無いものねだりをするのではなく、人を小馬鹿にすることに楽しみを見出さず、正しいこと、前向きな事はきちんと評価することが出来る土壌を作ることが国民が第一に考え、行動しなければならない事だと考える。
国民全体が世界から呆れられるまえに。

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